東京高等裁判所 昭和29年(う)354号 判決
被告人 青木五郎 外一名
〔抄 録〕
弁護人A、Bの論旨について。
被告人田村謙次が運輸事務官で、運輸省海運総局資材部、船舶資材課に勤務し、昭和二十二年十二月十六日より同課化学第二係、昭和二十三年十一月より同課副材班化学第二係長として、いずれも油脂及び油脂製品の需給調整並びに割当監査等に関する事務を担当していたことは、運輸省船舶局機械課長作成の被告人田村の履歴書(記録第一一二丁以下)及び運輸省海運局海運調整部長作成の事務分掌規程によつて明白な事実であり、原審相被告人小黒一栄の検察官に対する供述調書、被告人田村の検察官に対する昭和二十五年九月七日附供述調書、被告人青木の同じく昭和二十五年九月九日附供述調書を綜合すると、原審相被告人小黒が経営する東栄工業株式会社(以下単に東栄工業と略称)では、昭和二十三年十月頃海運総局船舶資材課より、ソルベント、ベンゾール約二十二瓩の配給割当を受け、その頃右現物を入手したのみならず、同年十二月頃アルコール百十七(一一七、〇〇〇立)を船舶資材課から配給割当を受けたことが認められる。そこで右資材の割当が被告人田村の職務とどんな関係があるかを考えてみると、原審並びに当審証人中根勇介、当審証人謝敷和子、同安本節子、同高橋通の各証言によれば、記録中の船舶局船舶資材課長作成の「捜査関係事項の回答について」と題する書面に添付されている写(第二一八丁以下第二二九丁)の如き書面(原本)が作成されていていずれも右写記載の日時頃立案決裁されたものとして昭和二十五年九月頃まで右船舶資材課に保管されていたことを認め得るし、右写の記載の外前記被告人田村の検察官に対する供述調書、尾崎矯の司法警察員に対する供述調書、原審並びに当審証人杉田増三の証言を綜合してみると、
(一) ソルベント、ベンゾールにつき、
前記東栄工業は、昭和二十三年六、七月頃よりヒドロールO・G・と称する船舶塗料を作つて販売し初めたところ、その品質が比較的優秀と認められ、船舶塗料を含む油脂製品の需給調整並びに割当監査に関する事項を所管する船舶資材課化学第二係では、ヒドロール生産を助長、促進すべく、その原料たるソルベント、ベンゾールを東栄工業に公定価格で配給し、製品のヒドロールを低廉な価格で販売させることになつたが、化学第二係は前記油脂製品、ガラス、セメント等の需給調整、割当監査に関する事務を取扱うだけで、化学製品の中でもベンゾールやアルコール等は同係の所管事項に属せず、従つて化学第二係だけで擅にベンゾールを東栄工業に配給するとの決定はできないところから、船舶資材中ベンゾールを所管事項とする同課化学第一係との間に、合議というほど大袈裟なものでないが、打合せをし、ベンゾールを東栄工業に割当てることにつき化学第一係担当の課長補佐尾崎矯、同係長杉田増三の同意を得て後、ヒドロール生産量及びベンゾール所要量の決定等細目に亘る事項については、被告人田村と小黒一栄との間に話が進められた結果、ベンゾール所要量を二十二瓩と決定し、上司の決裁を受けたから東栄工業にベンゾール二十二瓩が割当てられたものであることが認められる。而して前記のとおり、船舶資材たる塗料の生産を助長すること及び右塗料生産のためベンゾール配給の必要を認め、その使用量を確定し、上司の決裁を仰ぐこと等は油脂並びに同製品の需給調整及び割当監査等を所管とする船舶資材課化学第二係の事務を担当する運輸事務官たる被告人田村の職務と密接な関係を有することというべきであつて、かかる職務に関して金品等を収受すれば、収賄罪として処断されるを免れないこと明らかである。もつともベンゾールの需給調整及び割当監査等の事務は同課化学第一係の事務に属していることは前叙のとおりで、とりわけベンゾールの割当証明書を発行することは化学第一係担当の運輸事務官尾崎矯に専属する職務であることは記録上これを窺い得ないわけではない。しかし船舶資材たる塗料の生産を助長するため、ベンゾールを配給する必要性を認めて、ベンゾール所要量を確定し、上司の決裁を得たことが化学第一係の職務と認められず、しかも化学第二係所属の被告人田村の右職務行為と、東栄工業にベンゾール二十二瓩を配給することとの間に切り離すことのできない関係があつて、被告人田村の前記職務上の行為はベンゾール割当の前提であり、これなくして船舶資材課からベンゾールの割当証明書を発行することはあり得ないものであるのをみれば、被告人田村の職務行為を広義に於てベンゾールの割当に関するものと汎称するを妨げない。原判決が、同被告人のソルベント、ベンゾール割当に関して賄賂を収受したとの趣旨を判示したのは結局叙上のとおり被告人田村が広義のベンゾール割当に関する職務を担当したことを判示したものと解するを相当とし、同被告人が直接ベンゾールの割当証明書発行の職務を担当したとしているわけではない。
(二) アルコールにつき、
前記東栄工業は昭和二十三年十一月頃塗料の剥離剤の生産に着手しようとして、その原料としてアルコールの配給を船舶資材課副材班化学第二係に申請してきたので、当時右第二係長を命じられていた被告人田村は上司たる副材班長稲葉治男、第二係課長補佐青木五郎と打合せ、東栄工業の剥離剤製造用アルコールを百竏と決定し、同月二十日頃化学第二係に於て、海運総局資材部長名義を以つて、商工省化学局長宛酒精即ちアルコール合計百十七竏(計器洗滌用アルコールを含む)の特配を申請するとの原議を起案し、これに船舶資材課長代理たる前記副材班長稲葉治男と課長補佐青木五郎の各決裁を経て、商工省化学局宛にアルコールの特配を申請し、その結果右申請どおり、昭和二十三年度第三・四半期特配分としてアルコール百十七竏が船舶資材課に割当てられたので、右割当に基いて、同課化学第一係担当の課長補佐たる運輸事務官尾崎矯が課長奥田等の決裁を受け、右酒精百十七竏全部を東栄工業に割当てることとし、同割当証明書を発行したが、東栄工業に於ては資金の関係上、右の全部の配給を受けることができず、その中四三・二竏だけの配給を受け、これを以つて剥離剤等を製造し、数十万円の利益を挙げたことを認定できる。もとよりアルコールは主要化学製品であり、船舶資材としてのアルコールの需給調整及び割当監査に関する事項は化学第二係の所管ではなく、化学第一係の事務である。しかし船舶用アルコールとは燃料或は計器洗滌用等アルコールをそのまま使用するものを指すと解するを相当とし、これに反し塗料の剥離剤製造用のアルコールの如く、アルコールを原料として第二次製品を製造する目的に使用されるものについては必ずしも化学第一係の所管と断定はできないのみならず塗料の剥離剤の生産を助長するため必要な職務なのであるから塗料に関する需給調整及び割当監査と無関係なものとはいえず、従つて同化学第二係で右事務を担当することも不可能ではないというべきである。それ故剥離剤製造の原料たるアルコールの特配を商工省化学局に申請することは化学第二係長としての被告人田村の職務と密接な関係を有するものである。仮に塗料の剥離剤は塗料それ自体でないからという理由で、その原料アルコールの特配を申請することが、化学第二係の所管に属さないもので純粹に化学第一係のみの所管事項であると解すべきところであるとしても、化学第一係も化学第二係も共に海運総局船舶資材課副材班に属するものであり、その共通の上司たる副材班長稲葉治男が課長代理として第二係の前記アルコール特配申請に決裁している本件に於て、化学第一係の申請すべきアルコール申請を、第一係に代り、化学第二係がこれを為すこともできるし、その場合右特配申請は化学第二係の職務執行に属するというべきである。而してこの特配申請が商工省当局から許可され、アルコール百十七竏が船舶資材課に割当てられ、次いでこれが船舶資材課から東栄工業に割当てられていること前段認定のとおりであるから、被告人田村が東栄工業にアルコールを割当てる権限がなく、又現に右アルコールを東栄工業に割当てることに関与することがなかつたと認められるが、東栄工業にアルコールを割当てる前提となる商工省に対する特配申請を為したことと、船舶資材課が東栄工業に対しアルコールを割当てたこととを切り離すことができないものとし、被告人田村の前記職務上の行為が東栄工業に対する割当に関したものと認定して差支えないことは前段のベンソール割当の場合と同様であり、原判決の趣旨も亦ここにでたものと解するを相当とし被告人田村に於てアルコールを東栄工業に配給するため、アルコール割当証明書を被告人田村が発行した事実を認定しているものでない。
それ故被告人田村が職務上東栄工業に対するソルベント、ベンゾール及びアルコールの配給と密接不可分の関係にある行為をしたことの謝礼等として原判示の金員を収受したものとしている原判決には所論の如き誤はなく同被告人の職務に関して原判決が事実を誤認したものとする所論前段は理由がない。